中国エリア,幸山

幸山の遠景写真

❊下のサムネイル画像をクリックしていただくとメイン画像に表示されます。

幸山

読み方:こうざん

所在:岡山県総社市清音

標高164.4m

ビューポイント

総社市清音地区を一望出来る。

概要

幸山は標高が高いのはもちろん、山頂に近づくにつれて花崗岩の切り立った岩場が各所に見る事ができ要害としての条件に恵まれた事から中世期には城があった山です。
山裾の北には備中国(現:岡山県西部)最大の穀倉地帯である賀陽デルタ地帯を控え、旧山陽道を望む事が出来る要衝地でもありました。
備中国内だけでなく西日本全域に幸山城の名前が知られていたと云われています。
城自体は延慶年間(1308~11)の前後に庄資房によって築かれたとされます。
また古文書などにも幸山の名前は見え織田信長と中国の雄・毛利氏との戦争にも記されています。
甲斐(現:山梨県)から安土(現:滋賀県)に戻った織田信長は4月24日付の細川藤孝宛に出した書状の中で、小早川隆景が備前児島(現:岡山県玉野市や倉敷市)で敗れ、備中幸山に立て籠もり羽柴秀吉が包囲したとし自身も中国出陣を決意したと述べています。
この決断が後の本能寺の変へと繋がっていきます。
幸山は福山とセットで登る人が多い様です。2つの山を合わせて「幸福の山」と呼ぶ人がいるとかいないとか。
幸山自体も登山道が整備されている事から登り易い山といえます。
ただし頂上では花崗岩が切り立っている為、眺めを楽しむ際には注意が必要です。

《参考文献》

西本省三・葛原克人「日本城郭大系第13巻広島・岡山」P318~322(株式会社新人物往来社)
川岡勉・古賀信幸編「日本中世の西国社会1 西国の権力と戦乱」P87~88(清文堂)


アクセスマップ

コメント欄

山に登って体験し感じた事や、サイトを見て思った事など、
コメントをどしどし募集しています、気軽に書き込んでください!

ニックネーム
コメント

山リスト一覧

四国エリア

中国エリア