中国エリア,勝山

勝山の遠景写真

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勝山

読み方:かつやま

所在:山口県下関市田倉

標高:359m

ビューポイント

下関市街、九州沿岸部まで望める。

概要

勝山山頂には中世山城がありました。
中世期の史料には勝山の事を、且山とも記されています。
山自体が峻険であり、その眺めは遠く九州まで望める事が出来ます。
厚東氏や大内氏・毛利氏などの争奪の場ともなりました。
弘治3年(1557)3月に大内義長は山口を捨て、この城に立て籠もりましたが毛利氏に攻められ4月2日に城を出て長福寺(現:山口県下関市長府の功山寺)に入り、4月3日に自害。
西日本随一の勢力を誇った守護大名・大内氏の終焉の地となります。
時は下り勝山近辺が注目されるのは幕末になります。
長府藩主・毛利元周は幕末という動乱期を乗り切る為に、勝山の麓に居館を築く事になりました。
文久3年(1863)6月28日に竣工。同年6月5日にフランス軍艦セミラミス・タンクレートの攻撃を受け長府藩は多大な被害を受けていましたが、翌年の正月に完成しています。
勝山の地が注目されたのは、勝山をはじめ四王司山・青山といった山々に囲まれている事や利便性が良いからです。
アクセスの目印は勝山御殿。そこから勝山山頂までは約1500mの行程です。
登山道は山頂に近付けば近付くほど岩肌が目立ち、道も崩れていたりするので注意が必要です。

《参考文献》

山根幸恵・藤岡大拙・三坂幸治編「日本城郭大系第14巻鳥取・島根・山口」P368~370(株式会社新人物往来社)
竹内理三編「角川日本地名大辞典35山口県」P262~263(角川書店)


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